東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9026号 判決
原告 大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 反町誠一
右訴訟代理人弁護士 島林樹
被告 株式会社 神原
右代表者代表取締役 神原基郎
右訴訟代理人弁護士 米津稜威雄
右同 小沢彰
右同 麦田浩一郎
右同 若山正彦
被告 株式会社 渡辺一建設
右代表者代表取締役 渡辺功
右訴訟代理人弁護士 石井芳光
主文
1 原告の請求はいずれもこれを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五二年七月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告両名)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 保険契約の存在
原告は、損害保険を業とする会社であるところ、昭和四九年一〇月一五日、訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリングとの間において同社所有の自家用普通貨物自動車(品川四四み二三四三)につき保険期間同月一八日から一ヵ年、保険金額一事故二〇〇〇万円で一名当りの賠償限度額一〇〇〇万円とする自動車保険契約を締結した。
2 交通事故の発生
右訴外会社の従業員訴外並木克祐は、昭和四九年一二月一六日午前六時三五分ころ、千葉県柏市中新宿三―七―一番地先路上において右自動車を運転して時速約四〇キロメートルで進行中、同所付近道路が右にカーブし、かつ同道路路面上が幅五・八メートル、長さ八メートルないし一二・五メートルにわたって、凍結していたため、同車が滑走し、車輛の安定を失って、ハンドル操作を有効にとれないまま、対向車線に進入した結果、折柄同道路右側を歩行していた訴外渡部軍吉(当時七七才、以下訴外渡部という。)に衝突し、同人に左大腿骨骨折兼脳震盪の傷害を負わせた。
3 保険金の支払
(一) 原告は、前記保険契約に基ずき被保険者訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリングのために、被害者訴外渡部と示談交渉を進め、昭和五一年一二月初旬ごろ、示談を成立させた。右示談の内容は次のとおりである。
① 治療費 金四〇八万二一一〇円
② 看護料 金一二四万一七九九円
③ 雑費 金一四万五三〇〇円
④ 交通費、休業補償、慰謝料及び後遺障害補償合計金四八八万円(但し、後遺障害の程度は労災基準六級)
以上合計金一〇三四万九二〇九円
(二) 原告は、右示談金額を全額支払ったところ、本件加害自動車にかかる自賠責保険は、訴外大正火災海上保険株式会社に付保されていたので、原告は右自賠責保険金より傷害分金八〇万円及び後遺障害分金三三八万円合計金四一八万円の回収を受け、その結果、本件事故により保険金六一六万九二〇九円の支払を余儀なくされたことになった。
4 責任原因等
(一) 本件事故の発生原因
訴外並木運転の本件加害自動車が、道路右側に進入し、同所を歩行していた訴外渡部に衝突して傷害を加えたのは、本件道路の路面が凍結していたためであることは明らかである。
(二) 被告株式会社渡辺一建設の責任
被告株式会社渡辺一建設(以下、被告渡辺一建設という。)は、土木建築請負を業とする会社であるが、昭和四九年一二月一五日ごろ、写真台紙の製造並びに販売を業とする会社である被告株式会社神原(以下、被告神原という。)との間において、同社柏工場の倉庫の建替工事を請負い、同日午後三時ごろ、右解体工事を遂行していたさい、建物の敷地内にあった元便所のビニール・パイプの水道管を二箇所で折損し、うち一箇所から水が溢れ出たので、同社従業員が地表一〇センチぐらいのところで同水道管を切断し、そこに木栓(木切れのまわりをちょっとけずって、ぼろ布でつつんだもの)を詰めて帰宅した。
ところが、右木栓による止水が不完全であったために、これが夜間に水圧によって押し出され、そのため翌朝、本件事故が発生するまで水の流出するままに放置されていたと推認される。一般に工事中、水道管を折損した場合には、夜間になると水圧が上昇することが十分予想されるのであるから、未然にこれを予測して流水を完全に防止する措置をとるべき注意義務があることは当然であるところ、被告渡辺一建設従業員は、これを怠り、前述のとおり木切れにぼろ布をまるめた木栓を押しこんだまま帰宅したため、やがて木栓がとれて夜通し放水されるままの状態に立ち至ったもので、同被告には民法七一五条に基づき原告の前記保険金支払による損害填補額を賠償すべき義務がある。
(三) 被告神原の責任
被告神原は、被告渡辺一建設に対し、自社工場敷地内の倉庫などの建替工事を依頼していたものであるが、それまで右敷地内には、検証見取図のとおり排水施設を所有し、主に右図面記載のA、B二棟及び中庭(コンクリート貼り)に降る雨水ならびに便所に設置された手洗いの排水がそれぞれA、Bのマンホールに集められ直径一〇〇ミリメートル・パイプの排水管を通ってにある道路地表より高さ二・五メートルの排水口から、道路側溝(U字溝)の上蓋の取水口に向って段丘の斜面を自然のまま流れるようになっていた。右排水溝と側溝との間は右のように、何の排水設備もなく、流水が段丘斜面を流れるに任せて放置していたために、次第に流水径路の土砂が水力によって削られ、側溝内部に土砂が堆積し、一層流れを悪くし、排水口から流れる水は、右流水経路付近の土砂に吸い込まれるなど適確に側溝に流れていなかった。つまり、排水口が県道傍の側溝(U字溝)に連結されていないために排水が崖の土砂に吸収されたり、あるいは側溝の上蓋をつたって道路上に拡散する状態にあることは排水口の瑕疵にほかならず、実際の排水量とは関係なく通常排水処理設備に求められる条件を具備していないものである(なお、排水量も雨水は相当量に達することが予想され、生活用水も従業員数からみて相当量に達することが明らかである。)。そうすると、被告神原所有の排水施設に瑕疵があったことは明らかであり、同被告は民法七一七条に基づき原告らの前記損害填補額を賠償すべき義務がある。
5 結論
原告は、前述のとおり、本件交通事故により、保険金として金六一六万九二〇九円を支払ったが、被告両名につき前記責任が認められる以上、商法六六二条によって訴外ニュー・イースタン・エンジニアリングが被告両名に対して有する右同額の損害賠償金を取得した。
よって、原告は被告両名に対しそれぞれ右損害賠償金の内金三〇〇万円及び右支払を催告した日の後である昭和五二年七月二日から右金員支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めるものである。
二 請求原因に対する認否
(被告神原)
1 請求原因第1項の事実は知らない。但し、原告が損害保険を業とする会社であることは認める。
2 同第2項の事実は知らない。
3 同第3項(一)の事実は知らない、(二)の事実は認める。
4(一) 同第4項(一)の事実は知らない。
(二) 同第4項(二)の事実中、被告渡辺一建設の従業員が昭和四九年一二月一五日頃に水道管を破損したこと(破損部位については不知)、被告渡辺一建設は土木建築請負を業とする会社であり、被告神原は写真台紙の製造並びに販売を業とする会社であることは認め、その余は不知。
(三) 同第4項(三)の事実中、被告神原の排水施設の瑕疵の点は否認、その余は争う。
5 同第5項前段の事実は不知ないし争う。
(被告渡辺一建設)
1 請求原因第一項の事実は知らない。但し、原告が損害保険を業とする会社であることは認める。
2 同第2項の事実中、本件交通事故の発生は認め、その余は知らない。
3 同第3項の事実は知らない。
4(一) 同第4項(一)の事実は知らない。
(二) 同第4項(二)の事実中、被告渡辺一建設は土木建築請負を業とする会社であり、被告神原は写真台紙の製造並びに販売を業とする会社であることは認め、その余の事実は不知、法律上の主張は争う。
(三) 同第4項(三)の事実は不知、法律上の主張は争う。
5 同第5項前段の事実は不知ないし争う。
三 被告らの抗弁等
(被告神原)
1 本件排水設備は、被告渡辺一建設が建物除去工事をなすべき部分に存在し、工事の進行に従い、撤去される運命にあり、事故当時、既に排水処理の用に供されていなかったものである。したがって、本件排水設備は、土地の工作物ではない。
また、本件排水設備、便所を含む除去すべき建物は、被告渡辺一建設が撤去工事中であり管理していたものであるから、本件排水設備は、被告神原の所有物であるが、被告渡辺一建設が管理し、占有していたものである。
2 排水口と側溝とは直結していない点を把えて排水口の瑕疵ということはできない。
被告神原の工場とこれに面する県道とは、二~三メートルの段差があり、工場の敷地は道路より高くなっている。工場と道路の境は傾斜した崖で、本件排水口は右崖の中腹にあり、ここから排出された水は崖に沿って流れ、県道の端の側溝に排出されることになっていた。
しかし、本件排水設備は雨水と昼間に使用される小量の生活用水を排出するためのものであり、この目的のためには、当時の排水口の構造で充分であり、側溝と直結していなかったとしても、路面を夜間凍結させる原因を与えるような瑕疵はない。
3 本件排水口になんらかの瑕疵があるとしても、本件事故は被告渡辺一建設、訴外千葉県の過失により因果関係は中断され、被告神原に法的な因果関係を問うことはできない。
右排水口より流出した水は、崖に沿って県道の側溝に入るようになっていたが、当時側溝の上には多量の土砂があり、このため排水口より流出した水は側溝へは入らず、路面へ流出したもののようである。右側溝の土砂は、県道の管理者である訴外千葉県が除去すべき義務を負っているものであるが、訴外千葉県は右義務を怠り、右土砂を除去しなかったものである。右土砂が除去されていれば、側溝は路面より若干低くなっているので本件排水口より流出した水は路面へ拡散するようなことはなかった筈である。したがって、事故当日の路面の凍結は、被告渡辺一建設及び訴外千葉県の過失の競合によって発生したものである。
4 本件事故の第一原因者は、加害車の運転者訴外並木克祐である。
本件道路は、柏市と松戸市を結ぶ県道であり、交通量も少くなく、本件道路の凍結個所は八~九メートル程度であり、交通にさほど支障のあるものとも考えられない。右凍結個所を通過した車輛も相当数あると考えられるが、事故を惹起したのは、訴外並木のみであって、同訴外人の重過失は明らかである。
自動車運転者は、走行中の道路の地理的・気候的地形的・構造的諸条件及び目前の気象状況・道路状況に即応し、安全走行すべき義務がある。しかるに、本件において、訴外並木は、自動車運転者に要求される右運転態度をとっていないのであるから、仮に本件排水口に瑕疵があっても、神原は無責である。すなわち、訴外並木は、二二・四メートル前方に凍結個所を発見したのにもかかわらず、漫然と時速四〇キロメートルの程度で進行し、減速・除行の措置をとっていない。しかも、凍結個所をほぼ通りすぎたのにもかかわらず、自車がスリップすると急ブレーキを踏み、このため、自車の操縦性を失っている。スリップしたときは、急ブレーキを踏んではいけないことは、自動車運転者の常識である。したがって、仮に、神原の免責が認められないとしても、本件交通事故の最大の原因は、訴外並木にあり、したがって被害者訴外渡部に支払った損害賠償額の九割以上は訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリング、すなわち原告が負担すべきものである。また、本件の第二次的な原因者は被告渡辺一建設であるから、被告神原にはほとんど責任がない。
(被告渡辺一建設)
1 被告渡辺一建設の従業員の行為と本件交通事故との因果関係は存在せず、あるいは右事故の予見可能性はなく無過失である。
被告渡辺一建設は被告神原から本件事故地付近の工場施設の取毀を請負い、昭和四九年一二月一五日から三日間の解体工事を行った(なお、本件排水管施設は取毀工事の対象にはなっておらず、また、新しく排水施設を付設する計画もとくになかった。したがって、本件排水管施設は現在においても修理された状態において使用されている。)。
本件事故当時、本件排水管施設は直径約一〇〇ミリのビニール管パイプで工場の排水口から道路際側溝まで付設されていた。しかし、工場からの排水管は道路際に至る途中(側溝から約三〇センチはなれた個所)で露出しており、これは昭和四五年ごろに訴外千葉県東葛飾土木事務所が道路側溝を作ったとき、その側溝工事の際に排水管と道路側溝とを連結する工事を行わず、以後、破損されたそのままの状態で放置されてきたものである。そして、その排水管から道路側溝までは土砂によって被われており、側溝上にはコンクリート板がかぶせられていたが、側溝の中にも土砂と落葉がいっぱいに堆積し、その蓋であるコンクリート板の上もかなりの土砂によって被われ、排水管も側溝も排水施設の用をはたしていない状態にあった。
しかし、通常では排水施設の用をはたしていなくても雨水あるいは排水等の流水は土砂に吸い込まれたり、あるいは道路上にしみ出たりするだけでさしたる支障も生じていなかったようである。被告渡辺一建設の従業員が前記解体工事に着手した昭和四九年一二月一五日に排水口に通じる水道管の一部分を取毀し、その破損個所を応急処置をしたままの状態で過して、そこから夜間に流水があったとしても、排水管施設と道路側溝との連結が完全であれば、流水は通常の排水経路に従って流出するだけのことである。
排水管の末端と道路との連続がなく、その部分に土砂が堆積し、側溝内にも土砂がつまっていたために、その排水が道路上に流出し、それが夜間に凍結し、それによってたまたま本件交通事故が発生したとしても、排水管施設についての管理責任は被告神原にあり、その連結と道路側溝についての管理責任は道路管理者である訴外千葉県に存在する。
2 仮に被告渡辺一建設の損害賠償責任が認められたとしても、本件交通事故の最大の原因は訴外並木克祐の重過失に帰せられるべきであるから、被害者訴外渡部に支払った損害賠償額の九割以上は訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリング、すなわち原告が負担すべきものであり、また本件の第二次的な原因者は被告神原であるから、被告渡辺一建設にはほとんど責任はない。
四 抗弁に対する認否
原告は、被告らの抗弁等、(被告神原)第1ないし第4項、(被告渡辺一建設)第1、第2項はすべて争う。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者
原告は損害保険を業とする会社であり、被告神原は写真台紙の製造並びに販売を業とする会社であり、被告渡辺一建設は土木建築請負を業とする会社であることは全当事者間に争いがない。
二 保険契約の存在
《証拠省略》によれば、原告は、昭和四九年一〇月一五日、訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリングとの間において同社所有の自家用普通貨物自動車(品川四四み二三四三)につき保険期間右同月一八日から一年間、保険金額一事故金二〇〇〇万円で一名当りの賠償限度額金一〇〇〇万円とする自動車保険契約を締結したことが認められる。
三 保険金の支払
1 《証拠省略》によれば、原告は前項認定の保険契約に基づき被保険者訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリングのために、後記本件交通事故の被害者訴外渡部軍吉と示談交渉を進め、昭和五一年一二月初旬ころ、左記内容の示談を成立させたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
記
① 治療費 金四〇八万二一一〇円
② 付添看護費 金一二四万一七九九円
③ 雑費 金一四万五三〇〇円
④ 交通費、休業補償、慰藉料及び後遺障害(労災基準六級)の合計 金四八八万円
以上①ないし④の合計は金一〇三四万九二〇九円。
2 《証拠省略》によれば、原告は訴外渡部に対し右示談金全額の支払を了したところ、後記本件加害車にかかる自動車損害賠償責任保険は、訴外大正火災海上保険株式会社に付保されていたので、原告は右自動車損害賠償責任保険より傷害分金八〇万円及び後遺症障害分金三三八万円合計金四一八万円の回収を受け、その結果、本件事故により保険金六一六万九二〇九円の支払を余儀なくされたことが認められる(以上につき、原告と被告神原の当事者間に争いはない。)。
四 交通事故の発生
1 《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 訴外株式会社ニュー・イースタン・エンジニアリングの従業員である訴外並木克祐は、昭和四九年一二月一六日午前六時三五分ころ、千葉県柏市中新宿三―七―一番地先路上(県道)において普通貨物自動車(品川四四み二三四五、以下、加害車という。)を運転して柏市南柏方面から松戸市根木内方面に向け時速約四〇キロメートルで進行したが、前方道路上に凍結箇所を発見しながら、凍結箇所の広さと凍結状態を確認することなく右同速度のまま漫然と進行した結果、右凍結箇所を通過した際、自車後部が左方にスリップしハンドル操作の自由を失ったままで右方に滑走前進中、折柄、道路前方の右側端を歩行中の訴外渡部を認めて急制動の措置をとったところ、更に滑走前進して自車右前側部を右訴外人に衝突せしめ、よって、同人に左大腿骨骨折兼脳震盪の傷害を負わせた。
(二) 本件交通事故現場は、前記のように柏市南柏方面(東方)から松戸市根木内方面(西方)に通じる訴外千葉県が管理する道路上であり、本件道路は、本件事故現場の東方やや手前から根木内方面に向け右にゆるくカーヴしており、道路西方にゆるやかな下り勾配で道路両端では北側にわずかに傾斜する見とおしの悪い屈曲道路で、車道幅員は五・八メートル、中央線により松戸市根木内方面行車線(以下、上り車線という。)と柏市南柏方面行車線(以下、下り車線という。)の二車線に区分された歩車道の区別のない道路であり(道路両端には側溝が設置され、その外側は草地の崖である。)、また制限最高時速四〇キロメートル、はみ出し通行禁止の規制がある平坦なアスファルト舗装道路であり、非市街地に位置し本件交通事故当時は早朝でもあり、人、車ともに交通量は少なかった。
道路の路面には別紙図面のように凍結箇所(赤斜線部分)があり、後記排水口の直下から道路端まで及び本件道路の南端に沿って西方に向け細く八メートルにわたりそれぞれ凍結し、次いで道路上下車線にまたがり上り車線の南端は一二・五メートル、中央線に沿っては八メートル、下り車線北端は二・一メートルにわたり扇形に凍結部分が存在していた(以下、この凍結を「本件凍結」という。)。
2 《証拠省略》を総合すれば、被告神原の柏工場敷地と並行して走る本件道路南端の側溝(以下、本件側溝という。)の状態は、本件交通事故時においては右工場敷地と本件側溝の間にあるやや急な斜面をもつ崖(訴外千葉県の所有地、以下、単に崖という。)の土砂等のためにU字型の排水溝内は右土砂等で埋り、約四〇センチメートルの幅をもつ上蓋の上にも土砂、枯葉などが被さり、そのために本件凍結箇所の傍に本件側溝のあることは外観上直ちに分るような状況にはなかったが、本件事故後、土砂等を掃除した後の本件側溝の状況をみると、それはコンクリート製のU字型排水溝であり、コンクリート製の上蓋がのり、蓋と蓋の接続個所の中央部分に小さな長い楕円形の穴があることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
五 凍結の原因
1 被告神原の排水施設
《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右する証拠はない。
(一) 千葉県柏市中新宿三―七―一番地に所在する本件交通事故当時の被告神原の柏工場は、約九七〇坪の敷地を有し、同工場に働く従業員数は約五一、二名であって、同敷地内には工場、倉庫、便所等が立ち並んでいたが、排水施設は別紙図面記載のとおりであって、中庭(コンクリート貼り)中央付近に雨水排水用マンホール(図面上、と記載あるもの、同マンホールに周囲の建物の屋根及び中庭の雨水が集中するように設置されている。)、非水洗式便所の手洗場(水道蛇口二本を有する設備がある。)の排水施設である深さ六〇センチメートル、縦横四五センチメートルの排水枡(図面上、と記載あるもの)、中継マンホール(図面上、〉と記載あるもの、と同様の排水枡がある。)並びに右マンホール等を連結する直径一〇〇ミリメートル内外と推認される土管が埋設されてあり、右地中の排水管は本件側溝と被告神原の柏工場敷地(右側溝より約三メートル高く位置している。)との間にある崖の法面の、右側溝から約二・五メートル上方に位置する場所に前記土管の末端を出口(図面上、と記載あるもの、以下、排水口という。)として露出し、右排水口の直下から崖の法面には土が少し削り取られた溝様のものが刻されてあり、法面を下がるにしたがい土、草のほか枯葉などが入り混った状態となって溝様のものの幅は広がり、本件側溝上蓋の上にある土砂等には溝様の跡も窺えない。
被告神原の工場内で前記排水口に至るべき水は、別紙図面記載の前記便所の手洗場にある二箇所の水道蛇口からの排水(従業員の洗顔及び手洗用水)以外にはなく、他は前記マンホールに集合する雨水だけである。そして本件交通事故以前においては、排雨水がの排水口から流れて本件道路上に拡散した例が時折あったというほか、通常は右手洗などの排水はの排水枡に一定量に達するまで貯水された後、の中継排水枡に流入し、同じく一定量を超えるとの排水口に出て前記崖の法面で土中に吸収されたり、本件道路端を濡らすことはあったけれども、手洗などの排水が本件道路上に流出拡散、あるいはそのうえで凍結したことは一度もなかったのである。
(二) 次に、本件排水口と道路側溝の関係についてみるに、昭和三七年当時は排水用の前記土管が崖の法面土中に埋設されてあり道路際の土を掘った側溝様の排水路に連結していたが、昭和四五年ころ、訴外千葉県の東葛飾土木事務所は前記認定のコンクリート製U字型排水溝を埋設して道路側溝を設置すると共に被告神原の排水土管の末端をU字型排水溝の横壁面を削り接続したが、その後、士管は右排水溝と離れてしまっていたところ、同訴外人が前記崖の法面の土砂により埋められた本件側溝を掃除した際に、土砂崩落の原因となる本件法面の土砂と一緒に被告神原の排水用土管をも収去してしまった結果、前記に排水口を残すのみとなって現在に至った。
2 被告渡辺一建設による水道管の折損
《証拠省略》を総合すると、被告渡辺一建設は、昭和四九年一二月ころ、被告神原との間で同被告の柏工場内の小倉庫、便所、更衣室、風呂場(数年前から不使用状態にある。)等四、五棟の建物取毀及び倉庫等の建設請負契約を締結し(同契約中には本件排水管施設の取毀及び新排水設備の築造などは含まれていない。)、まず昭和四九年一二月一五日から三日間で右取毀解体作業を完了すべく作業を開始したが、初日の一二月一五日午後三時ころ別紙図面記載の前記便所内手洗場のビニール・パイプの水道管を解体作業中に折損して出水があったので、被告渡辺一建設の現場監督である訴外佐藤秀男は、応急措置として折損したパイプを短く切り直したうえ、棒切れの先を少し削りこれにボロ布をまきつけて右水道管につめこんで止水した。同訴外人は、同日午後五時ころ、右折損箇所の止水状態を点検したうえ帰宅したが、この日本件工場に初めて臨場した同訴外人は、工場敷地内の本件排水管の位置、連結状況、工場外の排水口の性状などについては何ら知るところがなかった。ところが、同夜、水圧の関係から前記簡易止水木栓がはずれ一晩中流水が続いたために前記便所手洗場から排水枡、中継マンホールを経由しての排水口から本件崖の法面を流下して本件県道道路上に多量の水道水が流出拡散し、折柄の寒気のために前記認定の如く別紙図面記載のとおり凍結したものである、ことが認められ(る。)《証拠判断省略》
六 被告渡辺一建設の責任
以上認定の事実によれば、被告渡辺一建設の従業員である訴外佐藤秀男は解体作業により折損した水道管(ビニール・パイプ)にボロ布をまきつけた棒切れをさし込んで応急の止水措置をとったところ、夜間、水圧の関係で右止水木栓がはずれて出水が一晩中続いたため、多量の水道水が排水枡、中継マンホール、排水口を経て本件崖の法面を流下し、本件側溝上蓋上に堆積した土砂のうえを通過して、本件道路上に拡散して凍結するに至ったのであるが、この凍結が、前記訴外並木克祐の過失と共に、本件交通事故の一因となっていることを認めることができる。
しかしながら、訴外佐藤の不法行為責任を問うためには、本件凍結による交通事故の発生の予見可能性の存否が問題とされるべきところ、前記認定の事実によれば訴外佐藤は本件工場内の排水施設の状況、工場外の排水口の特殊な性状、道路傍の側溝の状況などについて知るところはなく、また知らないことも止むを得ない状況下であったことが認められるのであるから、流水が本件道路に拡散して凍結に至り交通事故を惹起させる危険が存在したことの予見可能性はなかったといわざるを得ない。なぜならば、本件のような場合、行為者は通常の注意力をもって推究すれば及ぶべき合理的な範囲内の危険を予見してこれを未然に防止すべき義務があるだけだからである。さらにまた、工場内外の排水設備に危険があって特段の注意を払うべき事情も窺知されない本件においては、工場内外の排水施設の連結の状況やその安全性を調査確認すべき義務まではないというべきである。そうであるとすれば、訴外佐藤は、夜間に水圧の関係から前記応急止水栓がはずれ流水のあるべきことを予見しえたであろうことを認めることはできるとしても、右流水が排水枡などを経て工場外の道路上に拡散して凍結に至り交通事故を惹起させるであろうことを同訴外人が予見し、または予見しえたであろうことを認めることはできず、他に右予見可能性の存在を認定するに足る証拠はない。したがって、訴外佐藤の本件交通事故発生に関する過失の立証はないのであるから、使用者である被告渡辺一建設の本件交通事故に基づく損害賠償責任はない。
七 被告神原の責任
前記認定の事実関係によれば、被告神原の前記柏工場の排水施設(とくに前記に出口を露出している排水管)が民法七一七条にいう工作物に該当するのは勿論であるが、工作物の設置・保存に瑕疵があるというためには、当該工作物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきところ、前記認定のように、本件排水管、排水口などの設備は、県道傍の高台に位置する被告工場内の排水を処理する目的のもとに設置されている以上、右排水が県道上に拡散して凍結などし交通事故を惹起させることのない程度の安全性を具有すべきであるといえる。もっとも一般的に排水施設の安全性を抽象的に問うのではなく、当該排水施設が果すべき排水処理作用に通常内包あるいは随伴する危険の発生に対処できる一定の防止機能を具備するか否かという意味における該施設の安全性を問うべきである。しかるとき、前記認定のように本件排水施設は雨水を除くと非水洗式便所の手洗場(水道管蛇口二本)における従業員の手洗及び洗顔等の日常用水の排水を目的とし、他に流下すべき水は皆無であること(本件では雨水については論ずる必要はない。)、前記の排水口に出るまでには二ヶ所に排水枡があり相当量の貯水ができるように設置されているため排水が直接工場外に流出しない構造であること、右排水口直下から法面に刻された溝様の部分の土砂等の状態からは毎日一定量の排水があったとは認め難く、また排水される流水も微少であったという利用状況であること、訴外千葉県の東葛飾土木事務所が排水口から側溝まで以前連結していた土管を撤去したのち本件交通事故日までの数年間にわたり工場内の雨水以外の排水が県道上に流出拡散したこと、あるいは更に凍結したことは一度もなかったこと、本件工場は非市街地に位置していることなどの諸事情を総合考慮すると、本件排水口が工場外の本件側溝に直結していなくとも当該施設として通常有すべき安全性に欠けるところはないというべきである。してみれば、本件凍結は前記認定のとおり水道管の折損事故とこれに引き続いて起きた応急止水栓の不全という異常事態から派生したものであってこれに尽き、右凍結を一因として発生した本件交通事故につき、被告神原は本件排水施設(排水口)の設置・保存に関し瑕疵責任を負うべき理由はない。
八 結論
以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴各請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田龍樹)
〈以下省略〉